| ビルマ僧院跡編 [page3] |
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入口から見て正面左手の画像だったと思います。 入ってすぐの画像にもありましたが、強い光は強力フラッシュライトのものです。 |
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前の画像の左、壁の切れ目からの画像です。 向こう側にも壁があるようです。 |
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ハッキリ言って、どこの画像なのか覚えていません。 本当に壁だけしか残っていませんね。 そもそもここには屋根がもともとなかったのでしょうか? |
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なにか物音がしたので、フラッシュライトで照らし、撮ってみました。 特に変わった様子はないようですが、やはり闇に包まれた山中というのは不気味なものです。 |
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時期的にも一番雑草の育つ時期ですから当然ですが、ツタ系の植物が非常に元気良く繁茂しています。 ではそろそろ立ち去ることにします。 |
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山を降りようと歩いて行くと、いつの間にか来た道とは違う道を歩いていました。 そこにこんな像がありました。 やはりビルマ僧院に絡んだものなのでしょうか? |
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さらに石像の近くにはこんな石柱もありました。 結構高さもあり、周囲が木々に囲まれているため、こんな感じでしか撮ることができませんでした。 |
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こんなものもありました。 方位が示してあります。 |
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では、帰ることにします。 何の石像なのかわかりませんが、さようなら。 ----以上---- |
| ☆編集後記☆ 当初、私がこの物件の存在を知った時は、その名称を「海軍軍人病院跡」と言われていました。 「なるほど〜古い病院廃墟なんだな」といろいろと調べているうちに、その所在地が判明しました。 京都府八幡市・・・「海ないですよね〜?」「海軍軍人病院なんですよね〜?」 しかもある説では単なる軍人病院ではなく"野戦"病院であると・・・・ どう考えてもあり得ません。 さらに調べてみると、あるサイト様のレポートの中にその答えはありました。 建設中に第二次世界大戦が勃発し、そのまま放棄されたビルマ関係の宗教施設だったというのが真相のようです。 実際に探索をしてみて、特に霊的なものを強く感じたということはありませんでした。 もちろん小学生と遭遇することもなく、鈴の音も聞こえませんでした。 代わりにちょっとした声や物音のようなものはありましたが・・・ また、あのような屋根もない廃墟とは言い難い物件ですから、不法侵入で不測の事態を招く危険も少ないだろうことから、探索するには比較的楽な物件だったように思います。 みなさんはどう感じられたでしょうか? 副管理人:kuni 今回の取材はkuniさんが情報を仕入れた物件だったので、私はビルマ僧院が何であるかも分からないまま探索することになりました。 只、山の中に存在する廃墟、もしくは廃墟跡と聞いていたので、何となく嫌な予感がしました。 嫌な予感というのは霊的とかの嫌な予感ではなく、山の中の物件は目標物を探すのが大変困難だからです。 街中の物件の場合、住所が分かれば簡単に探し出す事ができますし、例え住所が分からなくても、他の目標物等から位置を特定する事も可能です。 今回探しに行ったビルマ僧院も最初道を間違えてしまい、墓地に出てしまいました。 只、今回の場合、墓地に出てしまったおかげで道を間違えてしまったのに気付きましたが、墓地が無かったら・・・ まだまだ山道を間違えに気付かぬまま、ひたすら歩き続けていたと思います。 それだけに山中に存在する物件を見つけた時はかなり嬉しく、思わず「おおっ!!」って声に出してしまいそうになりました(笑) 山中の物件ビルマ僧院ですが、確かに物件は存在していましたが、廃墟なのか廃墟跡なのかの判断が微妙な物件です。 壁は何とか残っているのですが、天井と床は完全に無くなってしまってました。 それだけに何に使われていた建物だったのかの特定は難しく、実際行った私でもさっぱり分かりませんでした。 建物の壁を見ると洋風な建物だったと推測できますけど・・・ よく分からぬまま取材を終えましたが、帰り途中西洋的な石像を見つけ「宣教師でも住んでいたのかな?」と思いましたが、本当の事実は今もわからぬままです。 管理人:ピフィア |