東尋坊編 [page1]


















 東尋坊・・・・昔、福井県勝山市にある平泉寺にとんでもない暴れん坊の僧侶がいたそうです。

 自らの怪力ぶりを誇って暴れまくっていたため、多くの民百姓に迷惑をかけていたといいます。

 そう、その怪力の僧の名が東尋坊なのです。

 しかしそんな暴れん坊も人の子。

 近くに住むあや姫という美しい娘に想いを寄せていました。

 ところがライバルがいたのです。

 そのライバルとは、たまたま同じ寺にいた真柄覚念という寺侍でした。

 この二人は、以前から仲が悪く、これを機にさらに険悪な関係となってしまいました。

 ある日覚念は、酒宴を理由に東尋坊を誘いだし、絶壁の上でしたたかに酒を飲ませました。

 そして泥酔し、足元も覚束なくなった東尋坊を絶壁から突き落としたそうです。

 その直後、天は俄かにかき曇り、豪雨とともに雷鳴が轟き、凄まじい大シケになったといいます。

 それが寿永元年(1182)4月5日のこと。

 そんなことがあってから、旧暦の4月5日になると、東尋坊の怨霊が荒れ狂い、その都度大変なシケに見舞われたそうです。

 その数十年後のある日・・・・

 諸国行脚のえらい坊様がこの地を訪れた際に、事の経緯を聞き、東尋坊をいたくあわれみ、次のような供養の歌を贈ったそうです。

 「沈む身のうき名をかえよ法の道西を尋ねて浮かべ後の世」

 この歌を海に流してからというもの、長く荒れ狂った東尋坊の怨念も解けて、人々を畏怖させた凄まじい大シケも起こらなくなったということです。



 前作「雄島編」の探索を終えた私たちは北陸遠征最後の目的地である東尋坊へと向かいます。

 東尋坊までの距離は2〜3kmと近いのですが、すでに4時を回ってしまっており、すぐそこに夜明けが迫っています。

 夜間探索を信条としているうさぎっ子としては、できる限り暗いうちに探索に入りたいところです。

 広く自殺の名所として知られ、現在でも年間50名もの尊い命を飲み込んでいるという東尋坊。

 東尋坊の怨念は癒されたのではなかったのでしょうか?

 白み始めた空の下、北陸遠征最後の探索に入ります。


 探索日:2004年6月12日(下見)、6月13日(探索)
 探索メンバー:管理人ピフィア、NATS管理人:屋敷サカヱ氏、私kuniの3名




 6月12日 15時10分

 北陸遠征の本格的探索前に東尋坊へ下見に行く途中の車中です。

 助手席では師匠が気持ち良さそうに居眠りしています。

 嫉妬を感じた私は運転しながらその姿を激写!(笑)

 まぁ〜到着するまでは放っておきましょう。



 東尋坊に到着しました。

 時刻は16時を少し回ったところです。

 向こうに見えるのが、前作の舞台「雄島」です。



 遊覧船乗り場です。

 遊覧船があるのは知っていましたが、入江状になっているとはいえ、断崖のすぐそばから出ているとは思っても見ませんでした。

 さて・・・・

 今は下見で来ただけなのですが、早速何かが写りこんでいるようです。



 怪しいところを拡大しました。

 2つの顔が写っているのがわかるでしょうか?

 片方は下をダラ〜と出しているように見えます。



 まさかこんな光景を見るとは思っていませんでした。

 なんと、ロッククライミングの練習をしていました。



 ロッククライミングをやっていた右側の断崖です。

 私の印象としては、下に水のあるここよりもロッククライミングの練習場と化している断崖の方が怖いです。



 しかし真下を見ればこんな感じです。

 ここから落ちれば、いくら水があっても海面下の岩に激突してしまうでしょう。



 下見を終え、駐車場に戻る途中にあった托鉢する僧の像。

 これが東尋坊なのでしょうか?

 では、一旦去ることにします。



 6月13日午前4時過ぎ。

 雄島探索を終え、再び東尋坊にやってきました。

 当然ですが、この時間帯ではどの店も開いていません。

 ところで私の頭に・・・・



 拡大しました。

 雄島で私にとり憑こうとしていた子供が復活しています。

 一度は離れたと思わせて、なかなかしつこいやつです。

 私は余程弱っていたのでしょうね。

 この時、私はすでに平坦なところでも、歩くことが非常に辛くなっていました。


[NEXT][SPOTMENU][HOME]